1854年に入ると、本人も分かっていたという元々のうつ病、音楽の監督をしていた時の精神的疲労に更に、青年期に娼婦より梅毒にうつった事が原因で起こったとされる精神障害が物凄く悪化して、2月27日にデュッセルドルフのライン川で投身自殺をしようとした・・・。うーん、色々と重なってしまいましたね・・。
程なく救助されたのですが、その後はボン・エンデニッヒの精神病院に入れられ、面会が出来なかった為クララにも殆ど会えなかったそうです。
最近、その頃のカルテが発見され、症状に梅毒の兆しが確認された上に、シューマンは『デュッセルドルフが消滅した』と本気で語ったという。